メルマガ『魔女のすすめ』 復活版
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☆★ 人間力養成講座のすすめ vol.34
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スピリチュアルな生き方ってなんだろう?
それは天使と話すこと?
それとも過去世を思い出すこと?
こんにちは、キョーコです。
先日左手の薬指を怪我してしまって、長文を打つのがなかなか難しい日々を過ごしています。
そんなわけでいつもより短い文章で書けるものはないかな〜といろいろ考えていたんですが、そういえばこのところ人間力養成講座についての質問がとても多いのを思い出したんだよね。
そもそも人間力って何かっていうと、ようは『生きる力』なんだよね。
心と肉体と魂が三つそろって健全な状態でいれればいいわけ。
これが肉体と心のケアはするけど、魂の成長という視点が抜け落ちていたり、逆に魂にばかり気がいってしまうと、人間としての健全な精神の発達が止まって、全体としてバランスを壊してしまったりするんだよね。
とくにわたしが非常に危ういなあと感じているのが、後者の魂にばっかり気をとられて日常がおろそかになっている、スピリチュアルあるいは精神世界系にのめりこんでいる人たちなんだよね。
ずばっと言っちゃうと、かれらの多くは本当の意味でのスピリチュアルな生き方を知らない。
精神世界にあふれている情報は、本質的に即物的で、ビジネスマンご用達の成功法則と基本的に変わらない。
ただ天使や女神のエネルギーといったベールをかぶっているから、その本質がわかりにくいために、なにも知らない人間はころっと騙される。
あるいはアセンション・大禊・大浄化といった情報も同じで、言ってみれば、子どもの頃聞かされた「悪いことすると地獄に行くよ」とか「嘘をつくと、閻魔様に舌をぬかれるよ」と言った内容と基本的な構造は同じ。
本当の意味でのスピリチュアルな生き方っていうのは、日々自らの霊性を磨くことなんだよね。
霊性を磨くことは生き方の問題であって、アセンションが来るとか来ないとか、そうした外部の情報とはまったく関係がないんだよね。
さまざまなエネルギーワークを受けたり、天使と話すことがスピリチュアルなんじゃないんだよ。
ただひととしてこの世に生まれ、その魂をさらに磨くために、さまざまな経験を重ねていくという視点をもって生きることがスピリチュアルな生き方なんだよね。
じゃ霊性はどうやって磨いたらいいのか?
それは日常生活の中で、自分自身の心と向き合うことなんだよね。
レイキや各種ヒーリングのエネルギーを浴びるだけじゃ意味はない。
いや、正確に言うと、自分の心を振りかえることなくエネルギーを受け続ければ、魂と人間としての意識とのあいだに大きなギャップができてしまう。
で、結果的に霊性を引き下げる結果になっちゃうんだよね。
自分自身を受け入れ、自らの心を育てる作業はときには苦しいし、当たり前の日常の地道な積み重ねなんだよね。
あるクライアントさんが、じつにおもしろいことを言っていた。
「日々の地道な作業が大切なことはわかっているんだけど、つい非日常のイベントに気持がいっちゃうんですよね」
この非日常っていうのが、クライアントさんいわく、チャネリングや各種ヒーリングのことなんだって。
じつにうまいたとえだよね。
イベントはしょせんイベントなんだってことを理解したうえでやるなら問題はないんだけどね。
乱暴な言い方をすれば、至高体験や祈り、あるいは瞑想のなかで真我に達することはそれほど難しいことじゃない。
大事なのは、祈りの感覚、瞑想の感覚を日常生活のなかに持ち込むことなんだよね。
瞑想しているときだけグランディングしてるんじゃもったいない。
瞑想の心で、晩御飯を作る。あるいは子どもの世話をする。瞑想のときと同じように安定した心で仕事をする。
これがいちばん大事な部分なんだよね。
これがスピリチュアルに生きるということだし、人間としての本当の意味での成長なんだよね。
ところが人間として成長するための具体的な方法を教えているところはそれほど多くない。
心理カウンセリングやコーチングだけだと魂の視点がぬけているし、かといって一般的なヒーリング系は心の成長に関して具体的なノウハウがない。
じゃ自分でその方法を作ってしまえという発想から作られたのが人間力養成講座なんだよね。
知識を詰め込んでも意味はないので、日常の中でひとつひとつ各自の課題と向き合ってもらいつつ進むので、速度にはかなり個人差がある。
目の前の課題をクリアしないと、その上の段階は教えないので、気楽に自分の成長を楽しむぐらいの気持で受けるといいと思うよ。
2006.4.4 発行